寄稿

無謀な計画であっても法的責任までは考えられない

 


拙文「先輩には無知な登山計画を変更させる法的責任あり!?何がなんでも、それはないんじゃないでしょうか。-ある大学山岳部遭難訴訟控訴審第一回口頭弁論の報告書- 」は、係争中の事案であったので、本ページへのアップロード前に幾人かの信頼できる方に査読をお願いした。頂いた貴重なサジェッションのうち、本ページへの掲載の許可をいただいたご識見を順次公開させていただくことにしたい。また、掲載した最終原稿(My opinion 09)への今後のレスポンスも、ご了承を得られたものを掲載していきたい。

なお、ウェブ上で文字化けなどの誤りが発生したとしたら、それらはすべて私のミスである。また、タイトルは私の独断による。


無謀な計画であっても法的責任までは考えられない

返信遅くなり申し訳ありません。
基本的に、宗宮さんと見解は同じです。無謀なあるいは危険が予想される計画に対し、注意や進言する必要はもちろんあると思いますが、法的な責任まであるとは考えられません。

山岳会や大学山岳部は登山を目的とした自主的な集まりであって、官庁でもないし法人でもありません。そこに法的責任を一方的に押し付けようとする事例があることが、私には残念であり信じられません。遺族の方の心中を思うといたたまれませんし、その悲しみをこうして訴える事で紛らわしているかのようにも思えますが、その鉾先は間違っているような気がします。

こうした事例に触れる度に多くの事を考える機会が出来、これらの問題を直視し訴え続け発信しておられている宗宮さんには、クライミングを愛好している者の一人として大変感謝致してしております。

CLUB [GAZ] OHKOSHI hisayoshiさんのメールから(OHKOSHIさんからは、さらに貴重な体験に基づいたコメントをいただき、深く考えさせられた。以下に、ご了承を得て掲載させていただく。:宗宮記)

–伝統的な登山者の理念として–
数年前まで地元の山岳会に所属していた私も、在籍年数が他の会員より多いという事でリーダー会のリーダーを勤めていました。そうなれば本人の実力や意志とは関係なく、会の山行を管理しなければならない立場になります。在籍していた山岳会は、県内ではアルパインを中心とした山岳活動を、精力的にこなすクラブでもありました。同人的な性格も創設当初よりあり、良くいえば「少数精鋭」で実績重視の会でした。しかし実体は組織・資金力もなく、危機管理についてもレベレが高いと決して言えるものではありませんでした。

そんな中リーダーを担った私は、困惑していました。毎週のように送られて来る山行計画書、そこには緊急連絡所あるいは留守宅として、私の名が記載されているものがほとんどでした。もちろん私が参加する山行は、私がリーダーでした。入会時より「弁当と怪我は自分持ち」という前時代的な倫理を教え込まれていたので、会員にも同じように言っていたように思います。会員も別段異義を唱えるものもなく、その事を「当たり前」として活動していました。しかし、リーダーとして万一の事故に対して自分になにができるのか、どう対処するのかはまだまだ手探りの状態で、自信もありませんでした。事故が起こらないよう祈る事しか出来ないのが現実でした。あまりに無策な会の現状に直面した私は、岳連やプロガイドのXさん等と親交を深め、講習会や訓練にも積極的に参加し、これを会に還元するよう努めました。その時点でも法的な責任云々の意識は、私にはなかったように思えます。もしもの時に親しくしている仲間である会員に、今自分達ができる最善の事をしてやりたいという思いだけでした。

こうした積極的な活動が評価されたのか誰もいなかった為なのか、岳連の技術・クライミング委員長という役職までいただき、多くの時間をこうした活動に割きました。その分自分の登攀レベルは滞ったように思いますが、講習会等で人に教える立場になって危険に対しての意識レベルは、格段に進歩したように思っています。自分の中では今も、決して無駄な時間だったとは思っていません。

当然会でも意識改善を唱え、伝えてきたつもりでした。幸い会の山行で大きな事故はなかったのですが、やっている山行がアルパイン中心だったものですから、いつ起こっても不思議ではない事も口酸っぱく言ってきました。

会員の世代交代も比較的スムーズにいき、会の新陳代謝の意味も含め任期節目の折り、会則に則り役員改選を行う事になりました。しかし、会員である彼等は誰一人として役を受けようとはしませんでした。会長やリーダーにはなりたくないと言って、かたくなにこれを拒み続けたのです。山には行きたいしここで仲間作りもしたい。でも、責任ある立場には絶対に就きたくない、と言うのが彼等の言い分であったようです。そのうち会則を無視し会長やリーダー不在で、会を運営しようと言う意見まで出ました。私は絶望感とその意識レベルの低さを嘆いたと同時に、世代間の価値観の違いに驚きました。

今までやってきた事が伝わらなかったのは私の不徳です。しかし彼等が思う登山観は、一見自由で楽しいように思えますが、私にはそれが軽薄で危険なものに映りました。私は彼等に「それはサークルクラブであって、山岳会にあらず」と言い、会の解散を提案しました。その後進展する意見もなく、15年以上続いた街の山岳会はなくなりました。

会を解散させた事が、良かったのか悪かったのかは今の私には判断できませんが、この事で多くの事を学びました。宗宮さんがいう「古いタイプの登山者」である私と一見仲間であると思っている人達と、実は根の部分で相容れないいろんなタイプのものがあると言う事。目的の為に相互協力しようとする形態の組織は、会員を拘束し古い体質のものとみなされ、毛嫌いされていると言う事実。クラブの運営も他力的で美味しいとこ取り、自由の履き違いと思うような発言も多くありました。そして、そうした事は私どものクラブに限った事でなく、世間に広く蔓延し半ば常識化しているんだということ。

この大学の件にしろ、その他宗宮さんが当たっている山岳における法的問題にしろ、「古いタイプの登山者」がおかしいと感じる事の根本には、こうした登山事情の変化があるような気がします。今の風潮では、自分と考えや見識が違う人と意見を交換する事も戦わす事も避け、表向き友好的態度をとる傾向があります。皆仲間だと思っていても、人の命が関わるような重大事故が起こってしまうと、そうした意識の違いが表に出てきて、驚くような発言や行動が事例として噴出しているのではと考えます。

今後ガイドやスクール・ジムから出たクライマーや組織に加入しないの登山者が急増し、街の山岳会は弱体化を増し、悲惨な結果を招く事故が急増するような気がします。当然山岳に関わらない家族や社会は、レジャーとしてしか山岳を見る事が出来ず、その範疇での訴えや要求がされるように思います。

残念ながら今の現状では、司法が「古いタイプの登山者」側の理念を持って判断をして頂けるよう願うしかないのではと、少し悲観的に考えています。

「古いタイプの登山者」の我々が変わらなければならないのか、それとも今の現状を「古いタイプの登山者」が変えていかねばならないのか。どちらにしても大変難しい事に違いなさそうです。

                      2002.8.30
CLUB [GAZ] OHKOSHI hisayoshiさんのメール


 

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