寄稿

リーダーはチームワークの要である


以下は、京都労山の登山学校で「リーダー論」の講義を担当する田原裕さん(京都洛中勤労者山岳会所属)から頂いた講義テキストである。テキストは「安全登山思想」「パーティ論」「リーダー論」の三部構成となっている。大作であるので各部にそれぞれ以下の表題をつけ、別々に掲させていただくことにした。すなわち、04.「安全登山思想-安全で確実な登山思想を身につけるために-」、05.「パーティの意思決定はすべてリーダーが行う-登山における民主集中制-」、06.「リーダーはチームワークの要である-リーダーの任務と求められる条件-」である。

なお、ウェブ上で文字化けなどの誤りが発生したとしたら、それらはすべて私のミスである。

 2003.04.11


リーダーはチームワークの要である

-リーダーの任務と求められる条件-

田原裕 (京都洛中勤労者山岳会)

【リーダー論】
リーダーの仕事は山行の計画作成から始まるのですが一般的に登山口についてからどのように行動するのかを考えてみます。まず行動を起こす前の諸準備(服装装備・コース説明・役割分担の再確認・ストレッチや諸注意など)を済ませ、行動する順番を指示します。例えば5人のパーティーならば、トップはサブリーダー、アンカーはリーダーが歩きます。残る3人の中でトップの後は最も力量のない人、次に最も力のある人を置いて前後のメンバーをサポートしてもらいます。リーダーは最後尾にいる訳ですから全員の行動を見て取ることができます。歩行ペースの強弱をサブリーダーに指示し、メンバーの歩き方や体調に注意を払います。最初の休憩はメンバーの心肺機能が目を覚まし額に汗するころを見計らって少々早い目(約30分)に取ります。靴の調子を見、服装を治す時間を与え、体調の善し悪しを確認します。通常の場合何事もないのが普通ですが不調を訴える人がいればサポート体制(主に行動順位の入れ替え)を整えます。以後の休憩は定期的に一定の時間を決めて取り、コースの確認やメンバーの体調に気を配るよう心掛けます。休憩に入るときには出発時間を指定しておくと無駄な時間は最小限に押さえられるでしょう。
公開山行などの人数が多くなる場合でもこのような体制を発展的に活用します。サブリーダーが先頭を歩き体力のない人達をその後につづかせます、順次力量のある人で順を追って行くのですが特に体力のない人疲れてしまった人については力量があると解っている信頼のおける人を前後につかせてサポートしてもらいます。人数が多くなるといろんな人がいて身勝手でわがままな行動をすることがあります、特に中高年齢の登山者が増えている昨今は顕著です。例えばペースが遅いからとサブリーダーを追い越したり、反対に疲れたからと勝手に順番を下げて来たり、行動中にザックを下ろして水を飲んだり、あげくの果てには与えられた休憩時間を大幅にオーバーして自然観察やスケッチをするなどさまざまです。いずれの場合でもリーダーは山行計画をスムーズに進行させるためにわがまま身勝手を許してはいけません。ただ疲れ果てている人に鞭打つことなどできません、励まし安心させて頑張って歩いてもらうのもリーダーとしてのテクニックです。

《パーティーの分割》
メンバーの一人が不調を訴えそれ以上の行動ができないとか回復の見込みがない場合、原則としてパーティーを分けることはせず全員で下山するか又は最も近い安全な場所(山小屋など)に退避します。パーティーを分けるのは遭難への第一歩であると認識してください。リーダーはメンバー全員を握って離さないことが任務を完遂するうえで一番のポイントになります。
ルートを失い斥候を出す場合、最も力量のある元気な人を選んで必ず2人以上の斥候隊を作ります。食料や水その他マーキング用のテープなど必要な装備を持たせ現在地を確認した上で斥候する時間やルートを指定します。このときも無線機を持たせ常に連絡が取れるようにします。斥候には独自の行動を絶対にしないよう、時間が来れば本隊に引き返してくるよう指示します。このことは必ず念押しをしてください。
救助要請の連絡とるためにパーティーを分ける場合も同様、単独では行かせてはなりません。パーティーの位置と状況、メンバーの構成、救助要請の内容などを必ずメモに取り要請隊に持たせ十分な装備を与えて送り出します。できることなら無線機などを利用してパーティーを分けないように努力してください。
パーティーを分ける場合、別動隊を絶対に単独にしてはいけません。先にも述べましたがパーティーを分けるのは遭難の第一段階の入り口であることを充分承知したうえでより安全を確保するために行う判断です。本隊のリーダーが監督指導をして別動隊のリーダー及びサブリーダーを決め計画(主に目的と目標)を明確にします。動き始めた別動隊の指揮監督権及び責任の所在は当然別動隊のリーダーに移ります。メンバー個人の身勝手な思いでパーティーを分けることなど以っての外です。たとえば
1994年10月30日の登山祭典(会場は愛宕山系竜ノ小屋周辺)で私たちの会(洛中労山)は水尾に下山することにしていました。会場で他の会の人たちが役員または会長を通して同行を求めて来ましたのでメンバーに入ってもらうことにしたのですが愛宕神社で休憩をし、水尾別れでもメンバーの体調をみて休憩を取りました。私たちの会のメンバーの一部が別パーティーを作り表参道を降りることを当初から予定していました。その際、他の会の一部の人が自分らは遠くに帰るので時間を急ぐから先に行かせてほしいと申し出がありました。リーダーの私は即座に『ダメ』と返答しました。自分の会には別行動を認めて他の会の人には認めないのは不合理ではないかと言われるかも知れません。コースにおける問題はどちらも同じでないに等しく、違いはリーダーの私が他の会の人の力量を知らないと言うことなのです。解らない以上自分の目の届く範囲から離すことができないのです。

《リーダーの任務》
リーダーの任務は目標や目的をやり遂げメンバー全員を安全に下山させることです。このため山行中、リーダーの頭の中はメンバーの体調やコースタイムそして天気の変化などからチームワークに至るまで考えることがたくさんあって巡りに巡っています。絶対的権限を与えられる指示や決定を下すのに細心の注意を払うのは当然ですがメンバーに支持されるものでなければなりません。万一この指示や決定に異論を唱え従わない者がいても『文句は下山してから聞く、今は自分の指示に従え』とか『あなたが会を辞めるのも私が会を放り出されるのも下山してからだ』と強引な手段を行使しても許されます。また指示を故意又は無意識に無視する人には『山行をつぶす気か』と厳しく注意しなければなりません。 リーダーは決定をするにあたりメンバー全員に説明をよく聞いてもらい質問を受けます。意見をよく聞きメンバーの持っている能力や創造力を充分引き出せるよう導きます。そして最終決定を下すのです。『決断力のないリーダーは誤った決断を下すリーダーよりも劣る』と言われます。もとより誤った決断を好んですることなどありませんがメンバーを信じ謙虚になれば誤った決断をしても間違いを誤ったものと認識することで新たな方策を見いだすことができます。何事も成り行き任せでメンバーに振り回されている優柔不断なリーダーは最悪の事態を招き責任を追求されることになるでしょう。
そしてリーダーはチームワークの要であることを肝に銘じてください。メンバー個々の評価を軽々しく口にすることは絶対にしてはいけません。常にメンバーを信頼する立場を堅持してください。

《リーダーに求められる条件》
リーダーの判断は絶対的権威を持つものです。だからそれに相応しいメンバー全員に理解を得られ信頼に足るものでなければなりません。それにはリーダーの人間的な魅力、確固とした理念に裏打ちされた理論、高度な技術など総合的な魅力でメンバー全員を引き付け指導することが求められます。
[登山技術]
リーダーとして第一に求められるものは登山のスペシャリストとしての高い登山技術です。いくら社会的に立派な人でも、すばらしい理論や登山観を持っている人でも、実際に山を登る人でないとリーダーにはなれません。単に一般的な登山技術ではなくメンバーのだれもが信頼をおく高いレベルに達したものでなければならないのです。ですのでリーダーになる者は常に自分の登山技術に磨きをかけ、旧来のものばかりではなく新しいものも研究することが求められます。前出の町田氏は技術面だけでもスペシャリストの領域に達した人を初級のリーダーとしてトレーニングや技術訓練のリーダーとして実践的に働いてもらえると言っておられます。このような人は皆さんの回りにもたくさんおられるでしょう。
[登山観と登山理論]
第二は安全登山思想を日々探求して正しい登山観を養い、総合的な登山理論や知識を身につけることです。『勤労者がなぜ山に登ろうとするのか』を考えて行くといつもぶち当たる登山の歴史・登山の社会的文化的価値・だれにでも等しく開かれた権利としての登山などなど、理念問題から実際に登山の成否を決する気象、より可能性を広げてくれるトレーニングや技術論そして登山をより豊かにしてくれる地質学や動植物学まで、言い換えれば自然科学はいうに及ばず社会科学から人文科学にいたる登山に関するものならすべて科学的に総合的に学び自らのものにすることが求められます。
[指導力]
第三は指導力です。高い登山技術をもち立派な理論を口にしながらリーダーとしては信頼の薄い人、いっこうに冴えない人がいます。独りよがりで社会性に乏しい人に見受けられます。この指導力は登山技術や理念だけでは習得するのは難しく、勤労者として日常生活の中で多くの人と接すること、職場・地域・学校(PTAを含む)における市民的社会的活動や自主的民主的な団体(労山など)の活動に積極的に参加し与えられた責任と任務を果たすこと、と同時に山でのリーダーとしての実践的経験の蓄積により培われるものです。すばらしい登山人になろうとすれば自立した立派な社会人でなければならない所以です。蛇足になるかと思いますが立派な社会人である以上家庭人としてもしっかりしていなければならないのは当然のことです。初級登山学校を受講している皆さんは所属する『会』の運営委員などの役員を積極的に引き受け、会活動に貢献すると同時に指導力を養ってください。
以上これら三つの要素を身につけ登山人としてふつふつと湧き溢れてくる人間的魅力でメンバーを引き付け指導することがリーダーに求められるなくてはならない素養です。

《リーダーの法的責任》
山行中におけるリーダーの判断や行為によって事故が誘発された場合、既に起こった事故に対するリーダーの対応(指示や行動)に重大な過失があった場合にはリーダーはその被害状況に応じて法的責任を問われることがあります。主に損害賠償に関する民事責任なのですが起訴事実の立件が明確ならば刑事責任も問われるものと考えられます。
たとえば、長野県が教員や高校山岳部員を対象に行った野外研修(五竜遠見尾根での雪山訓練)で雪崩事故が発生し一人の若い教師が亡くなるといった痛ましい事件がありました。この事件で長野県は天災説や不可抗力説を唱え責任のないことを主張したのですが裁判所は県の任命した指導者が雪崩に関する科学的な知識に乏しく長年の経験と感に頼っていたこと、その指示に重大な過失があったことを認定し、県側に損害賠償を行うよう判決を言い渡しました。
この事例から「山岳(会)指導者の法的責任と危険を回避する義務」が存在することをわれわれは認識しなければなりません。このような責任を問われないためにすなわち山行時に重大な過失を犯さないためにリーダーは常に最新の登山技術と日々発展している安全登山思想を身につける努力と実践できる訓練を怠ってはならないのです。また遭難したとき、ケガをした仲間(人)に対し必要かつ可能な応急処置を施したかどうかは被害を最小限にするか増大させるかという点で結果に大きな違いが出て来ます。そして事故者の社会復帰を遅らせる要因にもなります。間違った対処や無作為により被害を発生させたり増大させたとしたら過失責任が問われることもあるのです。救急法やテーピングなどの対処法もリーダーに求められる技術であることが理解できるはずです。リーダーがその対処法や技術を知らなかったことをもって責任を回避することは出来ないのです。すなわち 『無知は何の論証にもならない』のです。

最後にこの安全登山思想及びパーティー論やリーダー論のテキストを作成するにあたり、まだまだ言い足りない部分や考え切れていないところも多くあると思います。今後とも皆さんとともに深めて行き充実したものに作り上げたく思っています。ご意見を賜りともに学んで行きましょう。なお、この文書は1975年1月6日付け京都府連盟中級登山学校での高橋昭三氏の『遭難防止』、第2回全国登山研究集会での町田和信氏の『リーダー論への提案』、及び労山 県連の’93登山学校テキストの洞井孝雄氏の文書を参考にし引用させていただきました。


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