管理人の論考

「大日岳事故とその法的責任についての考察」の要旨

以下は、大日岳遭難事故訴訟 における中山建夫さんの陳述書 、重野太肚二さんの陳述書 、大日岳主稜線の傾斜の調査、北アルプス大日岳無積雪期の現地調査報告書に対するぼくの批判レポート「大日岳事故とその法的責任についての考察」の要旨です。2004年4月21日付のこのレポートは、その後、大日岳事故訴訟の法廷で被告側から陳述され乙第43号証となりました。

「登山事故裁判での登山の実状についての登山者の証言や陳述は公開されて他の登山者によって検証されるべきである」というぼくの持論に照らせば、このレポート全文が公開されるべきなのですが、レポート中の「資料及び写真」をHPで公開するのは著作権法上の問題があるように感じます。それで、とりあえず、要旨のみ開示することにしました。お急ぎの方は富山地方裁判所で閲覧できるはずです。

ぼくは、このレポートの「22.最後に」で、上記のお二人に対して、「私の考察に誤りがあることが事実であるのならば、その誤りは正されなければなりません。よって、ぜひ、ご主張とその根拠をご指摘ください。私もまた私の考察を再検討するでしょう。」と述べました。本ページにお二人のコメントが寄せられ、掲載させていただける日の来ることを心より切望します。

なお、このレポートについては2006年2月22日付けで開設したBlog「大日岳事故とその法的責任を考える」でも適宜解説していきます。

2006年2月22日

追記

Blog「いつか晴れた日に」の2006年3月24日付け日記「大日岳遭難事故を巡っての「経読みの経知らず」」に、「・・・大日岳の事故に限らず、登山における法的責任についてのウェブで奇妙な見解を拝見しましたので、それを素材に記載したいと思います。・・ 」として、下記の「大日岳事故とその法的責任についての考察」の要旨に対する批判コメントが掲載されてました。

2006年3月25日


「大日岳事故とその法的責任についての考察」の要旨

宗宮誠祐

東海山岳会会員

 1. 私は宗宮誠祐と申します。このたび、平成14年(ワ)第48号損害賠償請求事件の原告及び被告側主張と証拠を通読しましたので、大日岳事故とその法的責任についての個人的考察を述べることにいたします。

2. 私は社会人山岳会・東海山岳会の会員であり、日本心理学会に所属する基礎心理学の研究者でもあります。99年からの2年余、沢登り事故についての民事裁判の被告であったことがきっかけとなり登山事故の法的責任問題を研究しております。

3. 大日岳の山容の対称性についての中山調査には自然科学レポートとして看過できない多くの不備があります。

4. 雪庇 (吹溜) の発達の決め手となる地形要件は、山稜の非対称性ではなく、主に風下側斜面の傾斜角と予測されます。大日岳の地山の対称性の議論は本件と無関係と思料いたします。

5. 重野式ゾンデ棒法では、地山の稜線 (雪庇の付け根の位置) を風下側に踏みいることなく確実に特定することは、原理的に不可能です。よって、「稜線から風下側の雪地形に侵入してはならない」という注意義務が主催者である国に課せられた講習会においては、重野式ゾンデ棒法が採用されることはありえません。

6.「剱岳を見るため雪庇を承知で先端の方向に進んで休憩場所を選んだ」と証明するためにはその旨の講師証言や「雪庇の上だが、もう少し前に出たら剱が見えるからそこで休もうと講師が指示した」という証言が必要です。

7. 雪地形の名称について混乱が見られますので、風下側雪地形の定義を明確にする必要があります。本考察では、正確のため、風下側雪地形をひさし部分 (『雪庇』)と吹き溜り部分 (『吹き溜り』にわけて定義します。なお、通常の登山者が雪庇と言う言葉に普通に連想するのはひさし部分であると思料いたします。

8.「雪庇 (吹溜)の上 に乗ってはいけない、近付いてもいけないと教えられてきた」は、あくまでも中山建生さんの説であり、「雪庇台地に乗ってはいけない」が「雪山・冬山の常識」というのは重野太肚二さんのご持論にすぎません。これらは雪山登山の経験則ではありません。積雪期登山者が教えられてきた雪山の鉄則は「ひさしに乗るな」です。

9. 『吹き溜り』を利用することで雪山の安全度が高まるケースが存在します。例えば、雪洞があげられます。『吹き溜り』も絶対に進入禁止という登山者の危険度を増大させるような非合理な注意義務はもともと不存在なのです。

10. 冬山の主な死亡事故原因は凍死・転滑落・雪崩・『雪庇』踏み抜きです。よって、必然的に雪山で警戒すべき危険因子はこの4つです。巨大な吹き溜り崩落事故は大日岳事故以前は無報告ですから警戒の優先度は極めて低いと思料いたします。

11. 雪山での行動時には、常に、損害の種類、損害の程度、損害の発生頻度を考えねばなりません。総合判断の結果、『吹き溜り』を歩くことはままあることです。

12. 重野説「雪庇に乗りさえしなければ事故はなかった」には、致命的欠陥が2つあります。事故の発生頻度を考慮していない。メリットとデメリットのうちデメリットしか考慮していない、です。

13. 事故についての法的責任を判断する場合は、過去におけるその事故の発生頻度が必ず考慮されなければなりません。大日岳事故以前には、巨大『吹き溜り』崩落事故の報告はなされていません。

14. 雪山登山は、深刻な損害が発生するリスク (損害×発生確率) を常に内包しています。講習生諸君もこのことをよく認識していたと思料いたします。

15. 雪山での安全確保には、感覚的な危険回避能力による「経験と勘」と、客観的な根拠に基づく科学的手法のバランスをとり、両者を同時に活用することが重要です。

16. 未来の作為に対して100パーセントの成功の保証 (ゼロリスク要求) を求めることはできません。どんな講習会も絶対の安全の保証は確保できないということです。

17. 雪山技術を身につける上で、経験豊かな登山者の指導の元に、より厳しい現場で経験を積むという方法は、雪山を志向する登山者にとって最善の手段です。よって、大日岳研修会は、安全度についての不確定性の余地があっても、雪山を志向する学生の総合的な安全度向上のために、あえて実施されなければならない特性を持った講習です。かくて、あらかじめ主催者に絶対安全の保証を求め、結果責任を根拠に、講師の法的責任を問うことは非合理です。法的責任については、結果論ではなく、当時の登山水準に照らして、なすべきことをなしていたか否かによって判断されるべきものと思料いたします。

18. 最善を尽してもなお不確定性の余地の残るタイプの野外実習は、注意義務を軽減し、代わりに事前の入念な説明義務と事故時の報告義務を課すべきです。この方法で優良講習会を保存し、悪質な講習会を淘汰できると思料いたします。

19. 野外講習会である限り、最善を尽しても、ある確率で重大事故が発生することを防御できません。法的には無過失でも被害の救済が可能となるシステムを創設すべきと思料いたします。

20. 大日岳研修会は、通常の冬山登山の形態で実施されるため、すべての危険因子について、「事前に調査検討を尽すことを要求することが困難」なタイプの講習会です。一方、五竜遠見尾根の冬の野外生活研修会や宝剣岳雪崩講習会は、「困難の度合いは、通常の冬山登山の場合に比してかなり限局されるということのでき」るタイプです。この相違に留意が必要です。

21. 2370ピークから休憩場所までの区間では損害は不発生です。損害発生は休憩場所です。登高コースエラーは今後の事故防止のための論点と思料いたします。

22. 中山建生さんと重野太肚二さんは、大日岳事故発生後に得たデータからの逆算によって、この事故を防止できた方法を考え、その有効性の吟味も不十分のまま、これらの方法を事故以前の大日岳研修会に強要しておられます。このような手法は正確な事故の原因究明を混乱させ事故の正しい評価を妨げるものです。また、お二人のわが国の積雪期登山の実状についての報告も不正確です。よって、お二人は、陳述書と調査書を一旦撤回し、書き直されるべきであると言わざるを得ません。

以上

平成16年4月21日作成


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