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弘前大学医学部山岳部遭難訴訟 控訴審判決の抜粋

平成15年3月12日判決言渡
口頭弁論終結日 平成15年1月15日

判 決
主文

1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。

 

事実及び理由

第1 当事者の求めた裁判

1 控訴人ら
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人には、控訴人らそれぞれに対し、各自金7269万0356円及びこれに対する平成6年1月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は、第1審、2審とも被控訴人らの負担とする。
(4)(2)につき、仮執行宣言
2 被控訴人ら
主文と同旨

第2 事案の概要

1 本件は、大学の山岳部員として登山中滑落事故により死亡した学生の両親である控訴人らが、山行のリーダーを務めた被控訴人b、緊急連絡先を務めた被控訴人c及び山岳部のOBで登山本部を務めた被控訴人dに対しては、債務不履行叉は不法行為に基づき、大学の設置者である被控訴人国に対しては、安全配慮義務違反に基づき、損害の賠償を求めた事案であるが、原審は、控訴人らの請求をいずれも棄却した。

(この後の2と3を略した)

4 控訴人らの当審主張

(この後のA4約20ページ分を略した)

5 被控訴人b、同c及びdの当審主張

(この後のA4約2ページ分を略した)

6 被控訴人国らの当審主張

(この後のA4約2ページ強分を略した)

第3 当裁判所の判断

当裁判所も、控訴人らの本訴請求は、いずれも理由がないから棄却すべきものと判断するが、その理由は以下のフとおりである。

1 本件事故に至る経緯

この点に関する争いのない事実及び認定事実は,原判決「事実及ぴ理由」の「第3当裁判所の判断」の1(原判決13頁7行目冒頭から18頁24行目末尾まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決15頁10行目の「あったいう記L憶」を「あったという記憶」と改める。

2 本件事故の直接的な原因

1の事実(引用にかかる原判示)によれぱ,亡aは,本件事故現場から滑落する途中,岩などで頭を強く打って死亡したものと認められ,同人の滑落の原因について検討すると,本件事故現場は,比較的急な斜面ではあるが,本件事故当時は気象条件に恵まれ,また,ルート上にはトレースがはっきりとついており,まだ新しい複数本のフィックスロープが残置されていた上,亡aの体調も良好であったこと,また,同人は,残置ロープを掴むことなく,後続のfにも同ロープを掴まないで降りるよう指示を出すなど,余裕があり快調なぺ一スで下降していたことから判断すると,亡aは,fに指示を出して再ぴ下降を始める際,足下に対する注意をおろそかにしていたことにより,トレースを踏み外したか,あるいは露出した岩にアイゼンを引っかけてつまづいたことをきっかけとし、滑落したものと認めるのが相当である。

この点,控訴人らは,本件事故の目撃者はf1人であり,一瞬の出来事である上,同人の記憶は暖昧であり,また,被控訴人らに責任が及ばないようにしたいとの思惑に影響されているから,fの原審における証言等は信用できない旨主張するが,同人の原審における証言等は,事故状況の概略部分において一貫しており,現場の状況等に照らしても不自然,不合理な点はなく,また,控訴人らの主張するような思惑に影響されていることも認められないから,信用するに足りるものである。
上記のとおり,本件事故の直接的なネ原因は,亡aが下降をする際に足下に対する注意をおろそかにしたことであると認められる。

3 被控訴人bの注意義務について

(1)控訴人らは,被控訴人bの契約上の注意義務を主張するが,被控訴人bと亡aとの間に,控訴人らの主張する契約関係が存在したことを認めるに足りる証拠はない。
そこで,以下においては,被控訴人bの不法行為責任について検討する。

(2)控訴人らは,「被控訴人bは,本件山行のリーダーであり,山行計画の策定から実行まで,常に主導的に行動していた者として,合意関係又は信義則に基づき,亡aに対し,�B事前にルートの状況,危険箇所,気象状況,地形等について,十分な調査を行い,山行中に考えられるあらゆる事態を予測,認識した上,これらに対処してメンバーを安全に山行させ得る計画を策定し,�A適切な装備,事前訓練等の準備をし,�B本件山行中には,パーティ一を把握,統率し,適切な指示を出し,本件事故現場においては,他のメンバーに密着して行動し,自らが先に下降した上,メンバーに足場や下降方法を指示し,もって,メンバーである亡aの安全を確保すべき義務を負っていた。」旨主張する。

(3)そこで,検討するに,大学生の課外活動としての登山において,これに参加する者は,その年齢に照らすと,通常,安全に登山をするために必要な体力及ぴ判断力を有するものと認められるから,原則として,自らの責任において,ルートの危険性等を調査して計画を策定し,必要な装備の決定及ぴ事前訓練の実施等をし,かつ,山行中にも危険を回避する措置を講じるべきものといわなけれぱならない。そうすると,大学生の課外活動としての登山におけるパーティーのリーダーは,そのメンバーに対し,たとえぱ,特定の箇所を通過するには特定の技術が必要であるのに,当該メンバーがその技術を習得していないなど,事故の発生が具体的に予見できる場合は格別,そうでなけれぱ,原則として,山行の計画の策定,装備の決定,事前訓練の実施及ぴ山行中の危険回避措置について,メンバーの安全を確保すべき法律上の注意義務を負うものではなく,例外的に,メンバーが初心者等であって,その自律的判断を期待することができないような者である場合に限って,上記の事柄についてメンバーの安全を確保すべき法律上の注意義務を負うものと解するのが相当である。

(4)これを本件についてみるに,まず,被控訴人bにおいて,本件事故の発生が具体的に予見可能であったと認めることはてきない。すなわち,上記認定のとおり,本件事故の直接的な原因は,亡aが下降をする際に足下に対する注意をおろそかにしたことであるが,このような不注意による滑落事故が,本件山行の出発前の段階で具体的に予見可能であったとは認められず,また,本件事故現場において,冬季に滑落事故が度々発生していたことを認めるに足りる証拠はないから,本件山行の出発前に,本件事故現場で滑落事故が発生することが具体的に予見できたともいえない。また,上記認定事実(引用にかかる原判示)によれぱ,本件パーティーが本件事故現場にさしかかった際の天候や付近の斜面の状態からも,亡aの体調からも,具体的に同人の滑落が危倶されるような状況ではなかったものというべきであるから,本件事故の直前においても,本件事故の発生が具体的に予見可能であったとは認められない。

次に,亡aが初心者等であってその自律的判断を期待することができないような者であったとも認めることはできない。なぜなら,上記争いのない事実及ぴ認定事実(引用にかかる原判示)によれぱ,亡aは,XX大学医学部専門課程2年生に在籍し,山岳部に入部して3年目であり,夏山合宿に2回,冬山合宿に1回参加した経験があるのであって,C冬山の経験は乏しかったものの,山岳部在籍の期間や山行の経験回数等に照らすと,自ら本件山行の危険性等について判断し,その力量に合わせてその計画策定や装備の決定等を行うことが当然であったというべきであって,到底その自律的判断を期待することができない者であったと認めることはできないからである。

以上のとおりであるから,被控訴人bは,亡aに対し,山行の計画の策定,装備の決定,事前訓練の実施及ぴ山行中の危険回避措置について,その安全を確保すべき法的義務を負っていたものということはできない。

(5)次に,控訴人らは,被控訴人bは,亡aに対し,山行計画書をXX大学に提出してそのチェックを受けるべき義務を負っていた旨主張する。

しかし,仮に,山行計画書をXX人学に提出してそのチェックを受けることが,亡aの安全確保の一手段として役立ちうるものであったと仮定しても,上記のとおり,被控訴人bは,亡aに対し,山行の計画の策定,装備の決定,事前課II練の実施及ぴ山行中の危険回避措置について,その安全を確保すべき法的義務を負っていたものということはできないから,被控訴人bが,亡aに対し,その安全確保のために山行計画書をXX大学に提出してそのチェックを受けるべき法的義務があったということはできない。

(6)次に,控訴人らは,冬山の訓練不十分で,滑落事故を防ぐロープワークを身につけていない本件パーティーが,ロープの使用が必要な箇所のある上級者向きの危険な本件ルートに入るという計画を立てたことそのものに,被控訴人bの「ルート選択上の過失」がある旨主張する(当審主張(2)オ)。

たしかに,証拠(甲24,29,30,31の1ないし55,甲33,62,63,93の1ないし3,甲102,原審証人B)によれぱ,冬季における本件ルートでは,安全確保等のためにロープの使用が必要となることがあるから,本件ルートに入るには,ロープを携行することが必要であり,また,山行前にロープワークの訓練を実施するのが相当であることが認められ,ロープワークに習熟していない亡a,e及ぴfをメンバーとする本件パーティーが本件ルートに入るという計画は,同人らの力量を超えるもので,安全に対する配慮が乏しいものと評価せざるをえない。

しかし,前記のとおり,被控訴人bは,亡aに対し,その安全を確保すべき法律上の注意義務を負うものではないから,上記計画の立案に主導的に関与したからといって,被控訴人bに法律上の注意義務違反の問題は生じない。

(7)さらに,控訴人らは,登山のパーティーのリーダーは,メンバーが安全に登山を遂行し,帰還するためのあらゆる配慮をすべき法的貢任がある旨主張する(当審主張(4)オ)が,上記主張は,上記(2)の説示に照らして,採用できない。

(8)なお,控訴人らは,当審主張(1)のとおり,本件ルートの危険性について主張するが,本件ルートが上・中級者向けの冬山ルートであること(甲5,24),冬季における本件ルートでは,安全確保のためにロープの使用が必要となることがあること(上記(5))は,控訴人らの主張するとおりであるが,これらのことは,被控訴人bは,亡aに対し,その安全を確保すべき法律上の注意義務を負うものではないとの上記認定判断を左右するものではない。

4 被控訴人c,同dの注意義務について

(1)控訴人らは,被控訴人c及ぴ同dの契約上の注意義務を主張するが,同被控訴人らと亡aとの間に,控訴人らの主張する契約関係が存在したことを認めるに足りる証拠はない。
そこで,以下においては,被控訴人c及ぴ同dの不法行為責任について検討する。

(2)控訴人らは,被控訴人cは本件山行の立案に参加し,本件ルートを提案した者として,被控訴人dは,本件山行の登山本部を務めた者として,本件山行の計画が,内容において一見して明らかに安全上の問題がある場合には,計画の変更,修正を指導,助言する法的義務がある旨主張する。

(3)そこで,検討するに,前記1の事実(引用にかかる原判示)のとおり,被控訴人cは,大学生の課外活動としての登山である本件山行に,山岳部員の上級生としてその計画立案に参加し,被控訴人dは,同山行において,山岳部OBとして登c部を務めた者である。

ところで,大学生の課外活動としての登山に参加する者は,原則として,自らの責任において,ルートの危険性等を調査して計画を策定し,必要な装備の決定闍yぴ事前訓練の実施等をし,かつ,山行中にも危険を回避する措置を講じるべきものであるから,パーティーのメンパー以外でその登山に関与した者は,たとえ,山岳部員の上級生やOBであっても,事故の発生が具体的に予見できた場合は格別,そうでなけれぱ,山行の計画の策定,装備の決定,事前訓練の実施について,メンバーの安全を確保すべき法律上の注意義務を負うものではないものと解するのが相当である。

控訴人らは,「一見明らかに安全上の問題がある場合」には,指導等の義務がある旨主張するが,たとえ,安全に対する配慮が「一見明らかに」不足していたとしても,本来自律的に判断し行動することが予定されているパーティーのメンバーに対し,そのメンバー以外の者がたやすく不法行為責任を負うと解するのは相当ではなく,ただ,事故の発生が具体的に予見できた場合には,それを指摘するだけでメンバーにおいて事故の発生を回避する措置を講じることが予想されるから,そのように容易に事故の回避が期待されるような場合に限って,メンバー以外の関与者の法律上の注意義務を認めるのが相当である。

(4)そして,被控訴人c及ぴ同dにおいて,本件山行の出発前に,本件事故の発生が具体的に予見可能であったと認めることはできないことは,前記3(4)で被控訴人bについて述べたのと同様である。

そうすると,被控訴人c及ぴ同dには,本件山行の計画について変更,修正を指導,助言すべき法律上の注意義務があったとは認められない。

(5)控訴人らは,当審主張(5)ア,イのとおり主張し,証拠(乙4の3)によれぱ,同アの事実が認められるが,被控訴人c及ぴ同dが,同認定のような体験をしたからといって,亡aら本件パーティーのメンバーに対する上記法律上の注意義務が加重されるとは解されないのであって,同イの主張は採用できない。

5 被告国の安全配慮義務について

(1)本件山行の山行計画書が弘前大学へ提出されなかったことは,当事者問に争いがないところ,控訴人らは,被控訴人国(大学)において,山岳部から山行計画山書を提出させ,提出されない場合には,山行の中止を勧告し,また提出された場合に,山行計画書に一見して明らかな安全対策上の不備があり,山行の実施による危険が予測されるときは,学生らにこれを指摘して注意を喚起し,それでも改善されないときは,大学当局自ら安全対策を講ずるか,山行の中止を勧告する義務がある旨主張する。

(2)そこで,検討するに,大学における課外活動は,学生による自律的な判断に基づき行われるべきであって,大学当局はこの判断を尊重すべきものである。もっとも,実施が予定されている課外活動について,学生の生命身体に危険が生じることが具体的に予想され,かつ,大学当局においてこれを認識し又は容易にノ認識し得た場合には,大学当局は,学生に対する安全配慮義務の内容として,課外活動を実施しようとする学生に対し,活動計画書の提出を求めた上で,活動内容を変更させ,あるいは活動計画を中止させるなどの指導・助言をするべき義務があると解するのが相当である。

(3)これを本件についてみるに,本件山行につき,本件パーティーのメンバーの生命身体に危険が生じることが具体的に予想されたと認めるに足りる証拠はなく,仮にこれが認められたとしても,弘前大学当局が,上記危険の存在を認識し又は容易に認識し得たことを認めるに足りる証拠はない。したがって,弘前大学当局において,山岳部に対し本件山行の山行計画書の提出を求めるべき法律上の義務はない。

(4)なお,控訴人らは,毎年,文部省体育局長から各大学長宛てに送付される「冬山登山の事故防止について」と題する通知及ぴこれに添付された山岳遭難対策中央協議会より出される「冬山登山の警告」と題する文書を根拠に,弘前大学は山岳部の課外活動としての本件山行について,事前に山行計画書を提出させて安全性をチェックし,問題点を指摘したり,自ら安全対策を講じたり,あるいは山行の中止を勧告すべき法的義務がある旨主張するが,証拠(丙2,11ないし13)によれぱ,上記「冬山登山の事故防止について」には,大学長等に求める事故防止策としては,「冬山登山の警告」の趣旨の周知徹底という以外に何ら具体的方策が示されていない上,上記「冬山登山の警告」には,危険回避は自己責任である旨が明記さウれ,山行計画書の提出,装備等の点検は,すべて登山者が自主的に行うべきことが強調されており,また,山行計画書は,上記「冬山登山の警告」においては,特に遭難時の捜索救助活動の円滑を図るという観点から,第一次的には登山地域の讐察署や登山指導センターに提出すべきものとされ,学校は,むしろ関係者を安心させるための付随的な提出先として位置づけられていること(このことは,山行計画書が,実際には登山の安全確保,事故防止の機能を果たしていること(甲24,98)とは,別の問題である。)が認められ,これらに照らせぱ,上記の通知等が控T訴人らの主張する義務の存在を認める根拠となるものとは認められず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。なお,証拠(丙11,原審証人X)によれぱ,本件山行当時,弘前大学は,上記「冬山登山の警告」を山岳部に配付していたものと認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。

6控訴人らの当審におけるその余の主張は,以上の認定判断を左右するに足りない。

7そうすると,その余の点について判断するまでもなく,控訴人らの本訴請求は,いずれも理由がない。

第4 結論
よって,原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

高等裁判所民事第3部
裁判長裁判官 青山 邦夫 裁判官 藤田 敏  栽判官 倉田 慎也

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