管理人の論考

誓約書(免責同意書)の違法性について

2002.5.23日16時版

宗宮誠祐

アウトドア活動に参加した時に「事故が発生しても主催者の責任は一切追及せず、自分の責任において処理することを誓約します」と言った主旨の「誓約書(免責同意書)」に署名捺印した(あるいは、させられた)経験をお持ちの方も多いと思う。本稿の目的は、クライミングコンペやクライミングジム及び登山スクールで使用されるこの「誓約書(免責同意書)」が、法的にはほとんど効力がなく、むしろ違法性を内包していることを確認することにある。

誓約書は重大事故には無意味 !?

一昔以上前になるが、「スクールやコンペの主催者の責任は一切追及しない、という誓約書をもらっても、法的には無意味だよ」と言う話を登山係者から聞いたことがあった。

法律にうとかった私は、その意味をあまり深く考えず、そうは言っても、取りあえずもらっておけば全く無意味というわけはないだろうと、なんとなく思いこみ、主催するコンペやスクールでは、必ず「誓約書(免責同意書)」を書いてもらっていた。

その文言は例えば以下のようである。

 


誓約書
私は、第○回××コンペに参加するにあたって、大会中の事故においては本人(保護者)の責任において一切を処理し、主催者の責任を追及しないことを誓約の上、参加を申し込みます。

×年×月×日
氏名(保護者名)         印


結論から言っておくと、この「誓約書(免責同意書)」は、少なくとも重大事故に対しては全く無効であるということが法的に証明されている。

「そんなバカな・・」あるいは「でも、危険は承知で参加したんでしょ・・」「約束は約束じゃないの・・」などと感じる人も多いように思う。しかしながら、私たちの民法には公序良俗違反の規定があるのである。

公序良俗違反は無効である 民法第90条


民法第90条(公序良俗違反)

公序良俗に反する目的の法律行為は無効とする。


ここで、「公序良俗(こうじょりょうぞく)」、つまり、公の秩序又は善良の風俗とは何?ということになるが、この判断の一般化はかなりの難問である。したがって、とりあえず、社会通念から見て、「なにがなんでも、それはないんじゃないの!!」と大多数の人が判断する行為、と定義しておきたいと思う。

例えば、売春契約、人殺し契約、愛人契約、賭け麻雀、そして、無知や弱みにつけ込んだ不当な契約などが公序良俗違反と認定される。

よって、前記の登山関係者の見解は「たとえ死んだり大ケガをした場合でも、主催者の責任を問わず、一切の損害賠償をしない」という基本的人権を無視した内容の約束を事前に誓わせてしまう「誓約書(免責同意書)」は、「なにがなんでも、それはないんじゃないの!!」と大多数の人が判断する行為であり、公序良俗違反に該当する可能性が極めて高く、法的には無効となるはずである、というわけである。

かくして、自分の裁判を通して少しは民法に詳しくなった私は、少なくとも日本においては、「誓約書(免責同意書)」は、私たち主催者側がもっとも担保しておきたい「死亡事故や大げが」に対して有効性がない、という結論に達せざるを得なくなった。

この結論は、ダイビングに関する訴訟の結果を報じた2001年初夏の新聞記事の見出しによって裏付けられることになった。

誓約書(免責同意書)の無効 裁判で実証 
2000年と2001年に、この「誓約書(免責同意書)」をめぐって注目すべき判決がスキューバダイビング事故の損害賠償訴訟で相次いで判示された。

そして、やはり、「たとえ死んだり大ケガをした場合でも、主催者の責任を問わず、一切の損害賠償をしないと事前に誓う」ことを強制する「誓約書(免責同意書)」は公序良俗違反である、と裁判所が相次いで認定したのである。

以下に概要を紹介する。

 

2000.12.15

朝日新聞

ダイビング業者に賠償命令 免責条項無効 大阪地裁

ツアーダイビング中の死亡事故について、大阪地裁は「ツアー申込書の『リスクはすべて参加者のもの』とするという免責条項は無効」として、ダイビング業者に対して約7000万円の支払を命じた。

ダイビング業者側は「死亡その他の事故が発生した場合、業者に責任は発生しない。全リスクは参加者個人の者で、本人も遺族も請求権をもたない」とした同意書に署名していると主張したが、裁判所は「身体や生命に危険が生じる場合まで免責する内容の同意書は無効」と判断した。

2001.6.20

毎日新聞

免責同意書無効 東京地裁 ダイビング講師らに賠償命令

東京地裁はダイビング講習中におぼれて脳に障害を負った事故について、ダイビングインストラクターとスクールの法的責任を認定し、約1億6000万円の支払を命じた。

この2例中、東京地裁の裁判記録(平成10ワ19478号)の方から、両者の主張と裁判所の判断を以下に紹介する。

 

スクール側の主張 原告は、講習会参加に当たって、スキューバダイビングには生命の危険が伴うことを充分認識した上で、仮に講習会の中で自己の生命に関わる事故が発生したとしても、一切スクール側の責任を問わないことに同意をしているから、損害賠償を請求する理由がない。

仮に責任を問える場合があるとしても、「講習会の中で自己の生命に関わる事故が発生したとしても、一切スクール側の責任を問わない」という免責条項に同意している以上、スクール側に故意又は重過失があることが必要と解するべきであり、本事故においては、スクール側に故意又は重過失があるとはいえないから、害賠償を請求する理由がない。

原告の主張 免責同意書は、予め受講生に一切の損害賠償請求権を放棄させる内容のものであり、スクール側を完全に免責する内容となっている上、その体裁上、スクール側の主催する講習会の参加者全員に対し一律に署名させることが予想され、その署名が講習会受講の前提となっているため、受講生が署名を拒否することは事実上不可能であると考えられる。

したがって、そのような免責条項の内容を受講生が理解し、納得した上で署名したかどうかに疑問が残るし、受講生の完全かつ包括的な請求権の放棄を求める免責条項は、受講生の法的利益を著しくそこない、スクール側に一方的に有利な内容であるから、公序良俗に反し、無効である。

裁判所の判断 スキューバダイビングは、一つ間違えば生命に関わる危険のあるスポーツであり、水中で行われる講習においてもこれと同様の危険があることは容易に理解できる。

講習会の講師はスキューバダイビングの知識と経験を有しているのに対し、受講生はそのような知識や経験には乏しいのが通例である。

そのような危険なスポーツに関して、対価を得て(お金をもらって)講習会を開催する場合、専門的な知識と経験を有する講師において受講生の安全を確保するのは当然のことである。

このような観点からすると、人間の生命・身体のような極めて重大な法益に関し、受講生がスクール側に対する一切の責任追及を予め放棄すると言う内容の前記免責条項は、スクール側に一方的に有利なもので、原告と被告会社との契約の性質をもってこれを正当視できるものではなく、社会通念上もその合理性を到底認めがたいものであるから、人間の生命・身体に関する危害の発生について、受講生がスクール側の故意、過失にかかわりなく一切の請求権を予め放棄するという内容の免責条項は、少なくともその限度で公序良俗に反し、無効であるといわざるを得ない。

かくして、「誓約書(免責同意書)」」が、「死亡事故や大ケガ」に対しては全く無効となることは、法廷でハッキリと証明されたのである。

もちろん「もらっておけば少しは抑止力というか、訴訟になる前の話し合いの段階で何かのタシになるのでは」という意見もあるかと思う。たしかにその可能性は否定しない。しかしながら、このようなアンフェアな誓約書の存在自体が、主催者に対する裁判官の心証を悪化させる効果すら生みかねない、という恐れは杞憂ではないと、少なくとも私は考えている。

消費者契約法に照らしても誓約書(免責同意書)は無効
いわゆる”悪徳業者”から消費者を守る目的で2001年4月「消費者契約法」が施行された。


第一章 総則

(目的)

第一条 この法律は、消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ、事業者の一定の行為により消費者が誤認し、又は困惑した場合について契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができることとするとともに、事業者の損害賠償の責任を免除する条項その他の消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とすることにより、消費者の利益の擁護を図り、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。


この法律から、免責同意書に関連する条文部分を以下に抜粋しよう。


第三章 消費者契約の条項の無効

(事業者の損害賠償の責任を免除する条項の無効)

第八条 次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。

二 事業者の債務不履行(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する条項

三 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する民法の規定による責任の全部を免除する条項

ただし、この法律において「消費者」とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。また、「事業者」とは、法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。


したがって、誓約書(免責同意書)は、この消費者契約法によっても無効な契約といわざるを得ないだろう。

そして、「このような理不尽な契約を”善良な消費者”に強要するクライミングコンペ主催者、ジム、あるいは登山スクールは”悪徳業者”といわざるを得ない」と、裁判所に認定される可能は強いと思うのである。すくなくとも、裁判になった場合は原告はそのように主張すると思われる。

第一、余人の判断はともかく、アンフェアな行為は、高い倫理性を自主的に課すところのクライマー精神とは相容れない行為の一つであるように思う。

これまでの誓約書(免責同意書)を廃し、代案を模索中
2001年夏、毎日新聞の報道を見た後、図書館やインターネットなどでこの免責同意書問題をさらに調べて行く過程で、私は、この分野の魁となったと思われるダイビングで死なないためのホームページ」に辿り着いた。

このページはダイビング事故の事例・判例、免責同意書の違法性、そして代案としての「三者間確認書」などについて論じたページで、その内容は質・量ともに瞠目に値する。

私は、このページに深く啓蒙され、2001年冬までに、これまで使用して来た「誓約書(免責同意書)」を廃止することにした。そして、このページの「三者間確認書」とこれまでに蓄積してきたデータを元にして、新たな書面を作成し、私の主催するクライミングジムやスクールなどの利用者にたいして、クライミングの危険性についてよく説明した上で、この確認書に署名捺印をしてもらうことにした。

その文面は以下のようである。


確認書
私(保護者)は、スポーツクライミングが大きな危険(死亡や重大な障害含む)を内包したスポーツであり、また、安全を確保する技術や設備が完全ではないことを良く認識しています。また、私(保護者)の無謀な行動が、他の参加者を大きな危険に遭わせる可能性があることも認識しています。

よって、ロックジム破天荒を利用するにあたり、私(保護者)は、インストラクターの指示を尊重し、事故が発生しないように最大限の努力を払い、自分とパートナーなどの安全確保について十二分に留意して、ロックジム破天荒を利用することを誓約します。

 ×年×月×日
氏名(保護者名)    印


2002年初夏の段階では、少なくとも私には、他に良い案は浮かばない。よって、しばらくはこの確認書を暫定的に使用しながら、より良い方法を模索して行きたいと思う。

何かもっと良い方法はないものだろうか。

追記

1.民法と消費者契約法については各自ご確認下さい。また、私の論考には、何らかの思い違いや錯誤があるかもしれません。最終的には、各自で御判断下さい。

2.カナダなどにおける免責同意書の法的効力などについては現在調査中です。

3.「ダイビングで死なないためのホームページ」は免責同意書問題について考える上で不可欠なページと思料します。

4.免責同意書問題についてさらに知りたいかたは、判例タイムスNO.1074「スキューバダイビング講習会主催会社と同講習会受講者との間で作成された免責同意書の内容が公序良俗に違反し無効であるとされた事例」及び判例タイムスNO.1074「スクーバダイビング事故をめぐる法的諸問題」なども参考になると思料します。


 

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